日本における洋食

日本に洋食が入ってきたのは、1543年種子島(たねがしま)に漂着したポルトガル人であるといわれている。徳川家光が発令した鎖国によって西洋料理も姿を消した。19世紀の初期に蘭学が盛んになるとともに、オランダ風の料理がつくられていた。1858年日米修好通商条約調印によって長崎、横浜、箱館の港が開港されたのを機に、西洋料理は本格的に普及し始めた。横浜は江戸に近いので開港当時もっとも重要視されて、外人用ホテルができ、コックが来日して日本人にもその技術が伝わっていったが、当時の西洋料理は西洋人のために供されることが多かった。日本人相手の洋食としては、1869年東京・神田(かんだ)にできた三河屋が元祖といわれている。1872年には上野精養軒が洋食料理店として開業している。そのほかに築地(つきじ)の日新亭、茅場町(かやばちょう)の海陽亭、芝山内(しばさんない)の三縁亭などが西洋料理店として開かれた。1883年鹿鳴館(ろくめいかん)の開館を契機に、西洋料理は急激に発展した。当時の西洋料理の主流は、イギリス料理とフランス料理であった。
 一方、当時の一般家庭にはカレーライスライス、ハヤシライス、トンカツ、コロッケなどの日本化された西洋料理の普及がみられる。戦後は、高度経済成長とともに生活環境がますます洋風になり、それにつれて調理器具も発達して、いろいろな西洋料理が一般家庭でもつくられるようになった。例えばカレーライス、ハヤシライス、コロッケetc。日本料理を和食というのに対して、西洋料理を身近によぶ洋食ということばも生まれた。昭和に入ってから現在までの間、日本における西洋料理の進歩発展ぶりは目を見張るものがある。航空網の発達で世界は近くなり、各国の料理をいながらにして楽しむことができるようになった。
 日本で一般に西洋料理という場合には、だいたいフランス料理、イタリア料理、スペイン料理をさす。フランス料理の場合メニューを

フランス語で掲載してる店が多い。

OLD KITCHE

オールドキッチン

埼玉県所沢市東狭山ヶ丘3-676-12

042-001-2690